福島大学附属図書館報 『書燈』 No.28(2002.4.1)

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思い出の一冊
中畑  淳

 「ピアノの詩人」と称されるポーランド出身の作曲家の伝記としては、19世紀以来すでに多くの研究者により出版されていたが、この著作はショパンを作曲家、あるいはピアニストとしてとらえながらも、彼の教育者としての側面により注目した内容となっていることで、ショパンの作品を演奏したり理解する際の、貴重な手がかりとなるものである。作曲家・ピアニストとしての華やかな活動の一方で、ピアノのレッスンすなわち教育活動にも力を入れていたショパンであるが、弟子の中から有力な後継者となるような人がなかったことから、ショパンの音楽観や演奏哲学といったものは、残された楽譜や同時代人による伝聞によって想像したり、ショパン演奏解釈のいわゆる「伝統」なるものから類推する部分があったといえるだろう。

 世界的に著名なショパン研究者であるエーゲルディンゲル氏のこの著作には、随所に当時弟子だった人達の感想や証言が系統的にまとめられ、間接的ではあるけれどもショパンの芸術観により具体的に接することが可能となり、伝記資料としては当時大学生だった私にとって大変新鮮に感じられたものである。例えば伝聞や噂話のような体裁からは、150年あまりの時間的距離を越えて、彼がまだ面識がないだけの同時代人であるような、彼のレッスンをその場で聴講して音楽談義を傍聴しているような錯覚さえ覚えるのである。また、付録として収録されている生前に準備を進めていたという『ピアノ教則本』の草稿も、ショパンの作品のみならずピアノを演奏しようとする者にとって大変興味深い内容となっている。音楽や楽器に対する自身による直接的な意見が反映されており、これによりショパンの演奏技法や発想、あるいは演奏哲学といったものの端緒を別の角度からも窺い知ることが可能になったといえるだろう。

 この本に出会ったことがきっかけとなり、私自身はその後の研究活動に大きな刺激を受けることとなった。この『弟子から見たショパン』が私にとってのまさに思い出の一冊である。

(教育学部助教授)

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