附属図書館玄関

 

 大塚久雄先生は,経済史学を中心として, わが国の社会科学全般に, ひいては戦後の思想界に, 計り知れない影響を及ぼされた。先生がお亡くなりになって暫くたった頃,先生の全蔵書を福島大学に寄贈してもよいという御遺族の意向が, ヨーマン会( 大塚ゼミ同窓会) の関係者を通じて, 私の許に伝えられた。日頃,先生の御著書に学び, かつて, 直接先生の謦咳にも接し, 教えを仰いだこともある私としては, 否応もない,二つ返事で喜んでお受けしたいと御返事申し上げた。

 あれから4年有余,本学では,大塚先生の弟子および孫弟子に相当する教官を核に委員会を立ち上げ,蔵書の受入れや整理に当たった。その間,御遺族からは,精神面でも資金面でも,多大な御支援があり,そのことが,われわれの作業の貴重な支えともなった。その結果,ここに,『大塚久雄文庫目録』を上梓する運びとなった。先ず,大塚先生の全蔵書を御寄贈下さっただけでなく,数々の御配慮を賜った御遺族に,心から感謝申し上げたい。それとともに,これに応えるべく努力した関係教職員,とくに丹念な仕事に打ち込まれた図書館関係者の労を多としたい。

 この「大塚久雄文庫」が,向後の「大塚史学」研究,さらには戦後日本の社会科学史研究にとって貴重なものであることは,言うまでもない。福島大学としては,当「文庫」のために図書館の一室を割き,研究者の閲覧に供することとした。そこには,御遺族の好意によって,先生が愛用された書斎机まで収蔵されている。この机に向かって,先生が克明に採られた膨大なノートを開き,先生の多くの書き込みがあるマルクスやヴェーバーの原典を繙くとき,研究者たるものは,先ず,その僥倖に感激し,やがて,聳え立つ巨峰を間近で仰いだときに覚えるあの戦慄,それにも似た畏敬の念に打たれるに違いない。

 福島大学は,戦後,藤田五郎・庄司吉之助を筆頭に,寄生地主制の研究など経済史の分野で瞠目に値する成果を誇ってきた。また,梶山力を嚆矢とする戦前からのヴェーバー研究の伝統もある。ちなみに, 大塚先生御自身が梶山力の没後, 故人の論稿を一本に編む労をとられ(『近代西欧経済史論』1948年, みすず書房),故人の戦前の訳書『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』にも筆を加え, 共訳者として名を連ねられたことはよく知られるところである。さらに, 大塚久雄先生と学問的にも私的にも親交のあった小林昇先生に先導された経済学説史研究の幾重にも重なった地層と,その間を縫うマルクス経済学研究の太く深い水脈もある。そして,何にもまして,吉岡昭彦・諸田實・毛利健三・樋口徹の大塚門下生が半世紀にわたり西洋経済史の講座を護ってきたという,紛れもない「大塚史学」の系譜がある。

 かくて,本学には, いまも, 直接間接大塚先生の流れを汲む研究者が, 私を含め各学部を通じて十指に余るのであって, 福島大学が大塚久雄先生の蔵書の保管を引き受けたことは, 必ずしも唐突ではないと,私は内心密に自負している。と同時に,他方では,この「文庫」が,ひとり福島大学の財産であるだけでなく,日本の,あるいは世界の学界の貴重な学問的遺産でもあるという点に思いを致すとき,「大塚文庫」を護り研究者の利用に供する本学の責任も,これまた大きいものがあると,身の引き締まる想いがする。

 この『目録』が,したがってまた「大塚久雄文庫」そのものが研究者の間で有効に活用され,それが,経済史研究の深化はもとより,わが国における経済学研究の進展,ひいては社会科学研究全般の発展に資する結果となることを,心から念願してやまない。

 なお,「大塚久雄・略年譜」の作成には,正確を期すため,大塚久雄先生に関する書誌研究の専門家であり,幸い福島市の桜の聖母短期大学に御在籍の上野正治氏に,力をお借りした。記して,感謝の意を表したい。

 

福島大学長  吉 原 泰 助