『書燈』 No.25(2000.10.1)

記事⇔⇔次記事

「セーヌを見下ろすガラスの書庫」
新フランス国立図書館

行政社会学部 田村奈保子  

 1998年から在外研究で2年間滞在したパリの図書館紹介、といって、新フランス国立図書館をあげないわけにはいかないだろう。98年秋本格オープンとなったフランス最大の図書館だからだ。正式名称は“Bibliotheque nationale de France site Francois-Mitterrand”、略して“BN(ベー・エヌ)”または“BNF(ベー・エヌ・エフ)”と呼ばれている。

 故ミッテラン前大統領のもと推進されたパリ再開発計画の最後の大建築であるこの図書館は、パリ南東、トルビアック地区のセーヌ川岸に建設された。数年前まで物資の荷揚げ港や貨物倉庫があった地区で、今も周りにその面影が残っている。

 旧BNは、パリ中心部パレ・ロワイヤルの北、オペラ座からも遠くはないリシュリュー通りにある。現在も古い資料を所蔵し、開館中だ。歴史を感じさせる重厚なこの図書館が蔵書を抱えきれなくなり、新しい大図書館の誕生となったわけだ。

 BNFの外観は「セーヌを見下ろす4冊の本」といえばよいだろうか、直角に開いたガラスの本=塔が中央を向いて台座の四隅に立っている。これが1千万冊を蔵する巨大な書庫である。足元の再開発工事と剥き出しの貨物線路のせいか、その外観は無機質な印象を覚えさせる。本格開館にあわせて、パリ中心部からBNFを約10分で結ぶ無人運転のメトロの新線“Meteor”も開通した。新システムのこのメトロは「巨人の一歩」に例えられた。すべてが現代的だ。

 開館後ほどなく、BNFは一時閉館を余儀なくされた。ストライキである。ちなみにフランス人のスト好きは有名だ。原因は確か、新しい勤務態勢への不満とコンピューターのトラブルだったように記憶している。また旧BNからの本の引越しも完了しておらず混乱があるということで、私はしばらくBNFを利用しなかった。実は理由は他にもあった。旧BNでの体験が、私をBNFから遠ざけていたのだ。

 旧BNでは、登録手続きから閲覧室への入室、閲覧申し込み、コピーの取り方まで、慣れない私はいつまちがえて怒られるかといつもびくびくしていた。旧BNは研究者専用の図書館である。それゆえ“BN族”はパリの知的スノッブたちの憧れの的らしいが、何しろ物々しかった覚えがある。在仏歴の長い友人がBNFを評して、「入るまではとても不快、でも中は快適」と話した真意を、旧BNでの体験と勝手に結びつけ、私はなかなかBNFに足を向けなかった。ところが必要に迫られ行ってみて初めて、友人の言葉の意味がわかった。ガラスの書庫を目指して最寄駅から歩き、階段を上ると、そこは夏はかんかん照り、冬は吹きさらしの空間。長いスロープのエスカレーターに助けを求めるかのように滑り込み、やっと館内へ。中に入れば一転、静かで広々したフロアが迎えてくれる。

 BNFは一般にも上階が公開されているが、研究者用の下階利用の登録には、紹介状や研究目的の説明などが必要である。“BN族”の神話はまだここに生きているのだろう。それらのチェックが無事終わると、重い扉を何枚も開け、長いエスカレーターで地下へと進む権利を得る。そして地下のカウンターで、分野別の開架図書によって部屋を選び、席を予約する。フランスの図書館では席の予約がとても重要だ。席番号がないと書庫内の本の閲覧が申し込めない。席を決めて中に入れば、そこには快適さと静けさが溢れている。無機質な外観に反して中には安らぎが感じられる。高い天井、中庭からの光、木調の机や書棚、調べものに熱心な人たち……すべてが研究に最適だ。雰囲気だけではない、設備も万全である。各座席にはコンピューターのための電源が完備され、資料検索用コンピューターも数多く壁際に並んでいる。利用方法も改善された。旧BNでは席の確保が大変だった。混んでいればひたすら待つしかなかった。それも自分の番号が呼ばれた時その場にいなければ、また新しい番号をもらってやり直しだった。その点BNFは次に来る日の席と、同時にその時閲覧したい本の予約ができる。BNF内はもちろん外からの電話でも可能だ。フランスの図書館では通常、書庫内の本の閲覧のために2、30分は待たなければいけない。そのためBNFのこのシステムはありがたい。快適なのは設備やシステムだけでなく、BNFで働く方々がとてもsympa(サンパ=感じがいい)なことも付け加えておきたい。

 このように素晴らしい図書館であるにもかかわらず、私は十分に活用できなかった。私にとっては、99年秋からBNFで大々的に催された「プルースト展」とそれに伴う講演会などの思い出の方が大きい。実際よく通ったのはパンテオン脇のサント=ジュヌヴィエーヴ図書館だった。パリを守った聖女の名を冠したこの図書館の紹介の方がロマンチックでよかっただろうか……。それはまた別の機会に。

gakujo@lib.fukushima-u.ac.jp

書燈目次へ