『書燈』 No.27(2001.10.1)

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本選びの勘 
山口克彦(教育学部助教授)

 知的な活動に携わる人にとって、本を読むということは毎日の食事に相当するくらい日常的で大事なものではないかと思います。それは理系・文系問わず、仕事か趣味かにも関わらず、生きていく上でごく自然に身についてくるライフスタイルのような気がします。本といっても研究対象になる専門的な書籍もあれば、通勤・通学あるいは夜寝る前に読む軽い小説もあり千差万別ですが、このようなものが渾然となって知的生活の血肉を形成していくのでしょう。大学時代はこうした生活の第一歩かもしれません。書店に入っても受験時代のような束縛を受けることなく好きな本を眺めることができますし、大学の図書館にはそれこそ古今東西の名著が揃っています。なんの制約もなく色々な分野に知的好奇心を発揮できる非常に恵まれた時間です。

 さて魅力的な本に囲まれていても、さすがにこれらを全て読む時間はありません。膨大な書物から今の自分にあった、つまり気持ちが傾いたり、知りたいことが書いてあったり、もっと大事なことはインスピレーションが湧いたりする一冊を見つけるにはどうしたらよいでしょう。これには勘を養うしかありません。図書館は勘を掴むよい練習場です。まずは背表紙を見て何かピンときたら手にとってみることです。図書館であれば座って中身をゆっくりみることが可能です。求めているものと違うと感じたら、また別の一冊を取りにいきましょう。少し気に入ったら借り出して思い切って読み始めてみましょう。読んでいる内に、あるいは読み終わってからつまんなかったという本もたくさんあるでしょう。でもそれで少しだけ本選びの感性が磨かれます。また難しすぎてちっとも読めない本もあります。ときどきそんな本の中に、それでも良い本だと思えるものがでてきます。それは表紙がよかったり、序文が気に入ったりしただけかもしれません。しかしそんな本を見つけたら大事にしましょう。できれば無理をしてでも書店にいって買い求め、手元に置いておくことです。自分の本棚に少しずつでも、そんな本が増えていくのは大切なことです。

 同じ要領で書店にも足を運びましょう。学生時代は金銭的にみて本を自由に買うことはなかなかできません。それでも月に何冊かは身銭を切って買ってみましょう。それだけ本の評価がシビアになって勘が身についてきます。欲しいのにどうしても買えない高価な本もあります。図書館で借りるのは次善の策ですが、そんなときにもいずれは自分の本で読むぞという気持ちを忘れないで下さい。古本屋で気を引かれる本を見つけたときには覚悟してください。今日を逃したらもう出会えない本かもしれません。しばらくは食生活が貧しくなるのをがまんすることにして手に入れてしまいましょう。古本屋に限らず得てして本は一期一会だということも覚えておいて下さい。同じ本を眺められたとしても自分のアンテナにひっかかるには旬というものがあるからです。

 勘は一朝一夕には養えません。ですから学生時代に試行錯誤を繰り返しておきましょう。だんだんとよい本を見つけたと思える回数が増えてきます。そんな経験を積んでいくと、例えばまだ漠然としたアイデアを持っているときに何気なく立った書棚の中から、これぞという本が見つかることがあります。本の方が自分を待っていたのでは、という気持ちになるかもしれません。そうなればしめたものです。本の後ろ盾を得て、自分なりの世界観をどんどん構築できるようになります。諸君の知的生活に幸がありますように!

gakujo@lib.fukushima-u.ac.jp

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