『書燈』 No.27(2001.10.1)

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思い出の一冊
中馬 教允(行政社会学部教授)

 「後氷期」、それは氷河期の存在を含意し、最後の氷河期に続く時代を指す言葉である。

 世界的に著名な地質学者であり、北海道大学理学部教授であった故湊正雄氏は、1954年にこの書の初版を刊行された。私がその第三版を手にしたのは、大学三年生の時であったように記憶している。

 フィンランドの海(バルト海)は土地を生み、フィンランドの領地が広がると歌う漁民の歌に始まるこの書は、「氷河期」の言葉は知ってもその具体像を知らない私に、消え去った氷河の影響と今なおかかわりながら暮らす生活があることを教えてくれた。厚さ3,000mを越す氷に覆われた大地は、その重みでたわんだ。氷河が縮小し、融け去ると、今度は“重石”がはずれて、大地は高さを復元してきているのである。漁民たちは、祖父の代の港が陸化する様子を、海が土地を生むと表現したのであった。

 そればかりではない。現在の世界の陸地に、海底に、動植物の世界に、氷河は実に大きな影響を及ぼしていることを、この書は具体的な証拠と事例をもって語ってくれた。

 マレー半島からボルネオ島にいたる海底に、氷河期の河川が延びて、両島に発する河川が現在の海の下で合流していた話、そこに河川が運び出したスズが品質の高い鉱床を形成している説明、高山の動植物や固有種が、本州や北海道の山にある理由などに関する記述である。

 日本には山岳氷河が2つの時代に発達し、それが日高山地に確認される説明は、著者が研究仲間とともに、この急峻な山地を踏破して調べていったことを示している。

 氷河時代が第四紀と呼ばれる最新の時代ばかりではなく、まだ陸地に生物が姿をあらわす前の時代から繰りかえしあったこと、その出現が大規模な地殻変動にかかわっていることなど、この書は、氷河時代到来の原因にまで言及している。

 「現在は過去をとく鍵である」ことを具体的に示すこの書は、実証性、地理的・時間的スケールの大きさ、生活とのかかわりなどの点で、私を引きつけ、今なお忘れられない一冊になっている。

gakujo@lib.fukushima-u.ac.jp

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