『書燈』 No.23(1999.10.1)

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「ハンガリー・コンコイ天文台の図書室」
教育学部 中村 泰久

 “外地留学先の図書館について”ということで原稿依頼を受けた。しかし、利用したのはもっぱら滞在先のハンガリー科学アカデミーに属するコンコイ天文台の図書室だけであって、とても「図書館」とは言えないのだが、それでもそこには古い文献がたくさん残っていて面白かったので、たまには毛色の違ったものが載るのも意義あるかと考え紹介する。

 この天文台自体は128年前に個人天文台として創設され、それが国に寄贈されて今年(1999年)でちょうど100年という歴史を持っており、それを記念する集会などもこの夏に開かれたとのことである。図書室はその一部にあるのだが、熱心に文献を収集する努力を続けてきており、その意味では内容的になかなか充実している図書室である。

 ところでこれは日本では考えられないことだと思うが、天文台の建物の階下の両翼部にかつての台長の子孫の家族が住んでいた。はじめの頃はなんだか様子がおかしいなということしかわからなかったが、現台長などに聞いてようやく事態が理解できた。かつての台長が住み込みで勤めていたことの当然の権利として、その子孫にあたる家族も建物内に住み続けることができるとのことであった。今では天文台とはまったく無関係な仕事をしているにもかかわらずである。(ウーン。)天文台は研究面でも人的にも発展してきているので、いまや手狭さが大きな悩みとなっているのだが、もしもそこを空けてほしいならアカデミーは同程度の代替の住居を用意してあげねばならず、現在のブダペシュトの住宅の高値ぶりからしてとても出せないとのことであった。その結果、そのような事情で図書室も不十分なスペースしか割り当てられておらず、本や雑誌類の保存場所には苦労していた。

 この図書室にはとくに自然科学関係の昔の書籍が多くそろっていた。写真にあるのはごく一部であるが、中にはきわめて貴重な書物もあるようで、普段は鍵をかけてある階に置いてあるが許しを得て入ればすぐ手に取れるようにそこにある、というのがとても素敵に感じられたことであった。あの有名な数学者のF.ガウスに習ったという人のきれいな書き込みが残っているガウスの書籍や今でもきれいな世界最初の色付き天文図書などもあり、歴史をもつ文化の強み、底深さが感じられた。

 さて、勝手に登場させてしまったのであるが、写真中でG.ガリレイの著作を手に携えている女性は長年図書室で働いてきて、自身でも図書室の書物についての著書のあるヴァルガさんで、まさに図書室の生き字引といった方であった。彼女に聞けばどんなマイナーな出版物でもどこにあるのかがすべてわかる。あ、それは上の階の右奥の棚の何段目に紐でくくって置いてある、といった具合に。場所柄からいって東欧圏の小さな雑誌類もかなりそろっており、私も滞在期間の最終盤に小さな研究ノートを出版する際には大いに利用した。その際である、ヴァルガさんの頭脳中の検索システムのすごさを見せつけられたは。しかし、同時に言っておかなくてはならないが、今やパソコンによる検索システムも機能するようになっており、新しい雑誌や書籍はたちまち在所がわかるようになっている。また、滞在期間中に図書室に自動キーロックシステムが導入され、古い建物の中ではどんどん「近代化」が進行していた。

 彼女はこの図書室をとても誇りに思っており、天文台に滞在した人はまずはこの方から貴重書籍類について説明を受けるのを常としているのであった。サバティカルをヨーロッパで過ごすのを利用して天体分光学の歴史の本を書こうとしたニュージーランドの学者がここを訪れ、他のどこにもなかった古い文献がここにはまとまってあると喜んだということを彼女から聞いたが、まさにそれもありなんと思ったことであった。

gakujo@lib.fukushima-u.ac.jp

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