『書燈』 No.26(2001.4.1)

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「イギリスの木工雑誌事情」 −図書館紹介にかえて−
教育学部 片野 一

 私は1999年10月から2000年8月まで、イギリス南部ハンプシャーにあるハイバリー・U・カレッジの家具デザインおよびメーキング(制作)の研究室に在外研究のために滞在しました。今回「書燈」のために当地の図書館の話題を提供してほしい旨の依頼を受けたのですが、残念なことに、私の滞在のスケジュールに併せるように大掛かりな図書館の改修の時期にあたってしまいました。図書館は学内の講堂に開架図書や雑誌類を移動し、使用上の問題は少なかったのですが、この誌面に通常の図書館の様子をお伝えすることは出来ません。

 私は滞在中の多くの時間をワークショップ(工房)で過ごしましたが、この臨時図書館も工房が授業で使用できないときや調べものがあるときに度々利用しました。特に専門関係の雑誌が興味深く日本に紹介されていないものが何冊かありました。イギリスには木工関係の雑誌類が日本に比べると大変多くあります。その事情については後で述べますが、正確な加工技術や工作機械の性能について多くの誌面をさいているものから、展覧会に出品された作家の近作や個展の情報記事を多く扱っているものまで様々です。「木と造形」の話題に対し加工や構造に力点を置くタイプと、デザインや作家的活動の側面に力点を置くタイプの違いかもしれません。

 「Wood Worker」という雑誌は、前者の代表的なもので、イギリスで市販されている機械工具の性能試験の結果について誌上採点をする形式でランキング付け(日本のマキタや日立の名前もよく登場してました)をしたり、古い家具の分解工程を細かく紹介する内容などやや辛口の構成です。それに対し後者の代表的なものは「FURNITURE and CABINET MAKING」です。主に創作的な家具の製作法やデザインを多く紹介しています。イギリス人の家具に対する思い入れは大変なもので、家具製作に個人的規模で従事する人の数も多く、コンテストも頻繁に開催されているため、関連記事や写真には困らないようです。この雑誌では、日本の木工道具についての記事もよくあり、特にイギリス人の木工家に好まれる鋸(日本の鋸は手前に引いて使用するため、欧米の押して使用するタイプとは異なりますが、「胴突き」と呼ばれる鋸身の薄いものは細かい作業に適するため重宝される)については、特集記事が組まれていました。上記の雑誌の中間的なもには「Wood Working」があり、楽器の製作法や塗装の仕上げ方といった記事も掲載しています。この他に同じような木工全般を扱ったものが二誌、各論とも言うべき旋盤(回転体)の専門誌やルーターに関する専門誌も数種類あります。なぜこのように日本であまり見かけない木工の専門雑誌が数種類、それも毎月出版されるのか、日本の木工事情を当てはめるとまったく理解しがたいものです。日本では数年前に季刊の木工雑誌が二社より発刊されましたが、現在では一社のみになっています。日本の木工は、世界的にみても水準は高く、欧米の木工家たちは日本の道具や造形に対し大変興味を持っています。記事となる内容もそれなりにあります。但し、日本の伝統的木工は個人一人一人の高い技能を前提としている性格を持つため、専門的に木工に携わる作家や、「生業」としている専業的な木工家だけに関わる話題が多く、将来その道を志す学生や一部の日曜木工家に読者が限定されていることがイギリスでの事情と異なる点です。イギリスでは、もちろん専門家も多いのですが、正式な教育を受けた「専門家予備軍」やハイレベルな日曜木工家、自分の家を修理して楽しむ人などイギリス社会における木工のあり方(労作全般にも共通しますが)を反映して、大変多くの木工人口が存在しています。日本の筒形をした「木工界」に対して、裾野の広い円錐形をした形がイギリスの「木工界」の姿といえます。高い技能も存在しますが、初心者や中級者を対象とした技法の整備や冶具(正しく角度を切断したり、同じ規格のものを複数製作するときなどに使用する補助具)の研究、製作も以前から盛んです。様々なレベルの人が比較的よい結果を得られるように技法体系も出来ています。このような事情から記事の内容も一層豊富になるとともに、購買層も日本とは比較にならないほど広いわけです。

 私は、日本に帰国後も二種の雑誌を継続購読しています。帰国の少し前にカードで簡単に契約をしてきました。他の書籍類も、初めは近所の本屋で注文していたのですが、あちらのスタッフから通信販売の会社を教えてもらってからはほとんどその会社からの購入で、安く供給してくれますし、支払いもカードによる方法で一度のトラブルもありませんでした。私が求めた本は、日本では手に入りにくい技法書の類とイギリスの伝統木工の歴史に関するもので、この通信販売には大変助かりましたし、その安全性やシステムにも感心しました。ただしカードでの買い物の常ですが、少し買いすぎる懸念があり、帰国のための荷が増えたようです。

 最後に話が脱線し、内容も「書燈」に相応しいものか自信がありませんが、外国での本に関する話題と思って読んでもらえれば幸いです。

 

gakujo@lib.fukushima-u.ac.jp

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