福島大学附属図書館報 『書燈』 No.29(2002.10.1)

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「研究の現場」
森 良次

  私は、大学で「比較経済史」という科目を担当し、ドイツ経済史の研究をしている関係で、一年か二年に一度ヨーロッパ、特にドイツを訪れます。別に物見遊山をするためではありません。目的は、現地の図書館・文書館での史料の調査と収集です。外国研究に携わる者全てが定期的に外国にでかけるわけでありませんし、日本にいても研究は続けられます。書名がわかっていれば、洋書は取り寄せられますし、絶版になった書籍や非売品の資料も、図書館などを通じて入手が可能です。書籍情報の電子データ化が進んだ最近では、どこの国のどこの図書館にどんな本が所蔵されているのか調べることも容易になりました。フィールド・ワークを別にすれば、日本にいても研究することはたくさんあるわけです。

  ですが、資料へのアクセスが容易になり、学問的分業が進んだ今日、逆に、実証水準の向上を図るべく、現地の図書館などに赴いて、資料の調査・収集活動を行うことが、研究上必須となってきています。

  19世紀ドイツのヴュルテンベルクという地域の研究をしている私の場合、まず対象としている地域の州立図書館にでかけ、予め必要とわかっている文献を借り出す他に、もはや主要ではなくなったカード式の図書目録で、研究テーマに関わる史料を捜します。コンピュータを使って、蔵書検索ができるといっても、電子データ化されているのは、比較的出版年の新しいものになお限られており、研究対象時期とする19世紀に著された文献や各種報告書等については、まだまだ現地図書館のカード式図書目録でなければ、所蔵が確認できないものが多くあります。書名だけでは判断できない史料の内容についても、現地の図書館であれば実物をみて確認できますので、日本にいては到底知り得ない貴重な史料を発見することもしばしばです。

  こうして見つけだした史料を大量にコピーして、それらの渉猟がある程度すすむと、次ぎに訪れるのは文書館です。基本的に印刷物ではない、書簡、会議の議事録、非公式の報告書、企業の帳簿といった古・公文書を整理・保管する施設で、ドイツではアルヒーフArchivと呼ばれています。このアルヒーフで専門家の助言を受けながら、実証課題に関わる文書を見つけだします。例えば、当時の王国政府の産業政策の背後にどのような産業利害が存在したのか、という問題を解明するために、産業局局長の書簡、産業家向け講演の記録、議事録等にあたり、膨大な史料の中から課題に関係すると考えられる文書を探し出す、といった具合にです。19世紀に書かれた文書は基本的に手書で、読解はドイツ語を母語としない者には難しく、大変な時間を要する作業です。ここでしばしば助けとなってくれるのが、アーキビスト達(史料整理・保管の専門家)で、彼らと日に一度は雑談をするなどして如何に仲良くしておくか、研究内容と実証課題をどれだけ正確に理解してもらうのかということが、目的の史料に辿りつくことができるかどうかに大きく影響します。

 論文を書くための材料は、およそこのようにして手に入れるのです。日本にいながら世界中の図書館の蔵書検索ができる今日、私のような情報収集のやり方は地味で古くさいと思われるかもしれませんが、それが研究活動の現場の姿です。

  以上のことは、これから卒業論文を執筆しようという皆さんにも当てはまると思います。OPACやNACSISは確かに便利で、有益な情報検索手段ではありますが、そこで得られる文献情報は研究のとっかかりを与えてくれるもので、論文をまとめるうえで本当に意味のある文献やデータは、指導教官など専門家の助けを借り、文献と格闘する中からしか得られません。皆さんの卒業研究が充実したものとなることを祈っています。                             (経済学部助教授)

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