福島大学附属図書館報 『書燈』 No.30(2003.4.1)

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思い出の一冊
無着成恭編『山びこ学校』
大川 裕嗣

   雪がコンコン降る。
   人間は
   その下で暮しているのです。
             (石井敏雄「雪」)

  この短い詩から、あなたはどんな「暮らし」を思い浮かべるだろうか。

  山形県南村山郡、山元中学校の生徒43名による文集『山びこ学校』は、1951年の公刊後、たちまちベストセラーとなった。奥羽山脈にほど近い谷あいの村。貧しい家計を助け、学用品代を稼ぎ出すために、炭焼き、蕨採り、兎追い、稲背負いなどと学校を休んでまで忙しく働く子どもたちの姿は、当時の読者にとって、自らの少年時代そのものでもあった。

  子どもらの心に深く分け入り、その生活を綴方(つづりかた=作文)や詩に表現させ、更には村の現状や将来像についての研究をまとめさせる青年教師、無着成恭の力量は人々を驚かせたが、それにもまして、自分たちと社会の現在と未来をしっかりと見据え、互いを気づかいあう生徒らの姿に、敗戦後まもないこの国の人々は、ほのかな希望を見いだしたに違いない。

  佐野眞一『遠い「山びこ」』や生徒の一人、佐藤藤三郎の著作に明らかなように、生徒たちのその後の人生は決して平坦ではなかった。村を去り、後には教壇をも去った無着には、厳しい批判も寄せられた。だが今日なお、『山びこ学校』はその輝きを失っていないと私は思う。  戦後の農村史を研究するために山形や岩手の村々を訪ねるとき、私は、遠い昔、母に薦められて読んだこの本を、鞄に忍ばせるのだ。                          (経済学部)

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